とけろぐ

「独立器官」(女のいない男たち/村上春樹)について

歯科医院の待ち時間に、待合室に置いてあった「女のいない男たち」という村上春樹の短編集を読んだ。

中途半端なところで終わってしまって続きが気になっていたので、購入して先ほど読了した。

どれもおもしろかったのだが、「独立器官」についてはどうしてもツッコミたいことがあったので、ここに書く。

村上春樹の世界はファンタジーなので、野暮なことを書いても仕方ないとは分かっている。

主人公の渡会医師は失恋のショックで神経性やせ症になってしまう。

本文に『入院させようにも、本人がいやがるのを無理に連れて行くわけにもいきません。』という文があるが、これは間違いだ。

日本には医療保護入院という制度があり、本人の同意がなくても精神科への入院は可能である。

『いや、正確には拒食症というのではありません。ご存じのように拒食症にかかるのはだいたいすべて若い女性です。(略)ですから中年の男性が拒食症になることなんて、まずありません。』という部分も誤りだ。

中年の男性にも拒食症にはなる。

何らかの精神科領域の疾患を発症して食事を拒否している人に対して、周囲がほとんど介入せずにそのまま死にゆくまでを見守っていたというのは違和感のあるストーリーだった。その姿を『ナチの強制収容所から救出されたばかりの、ユダヤ人の囚人の瘦せ衰えた姿』になぞらえていたのは、これもまた違和感があった。

食事を自分から拒否した人(その人の精神世界の中では「拒否せざるを得ない」のだろうが…)と、食事が与えられなかった人が同じなわけがない。

人の生きようとする力はとても強いし、他の人を生かそうとする力も強い。また、政府が人々を生かそうとする力も強い。そういった見えない生への力の中に我々は生きている。

「独立器官」の中でそういった生への力があまりにも軽視されていることに納得できない気持ちでいたが、それがこの短編小説のテーマなのかもしれない。はい…