あっという間に7月である。時間の経過を感じてこうやって私の人生終わっていくのだろうな、という淡い絶望感にたまに囚われる。学校、塾ともにテストの結果は悪いし、風邪を何度も引いたりアレルギー(カビ?)になったり体調も悪いし、水泳のタイムは伸び悩んでいるし、パソコンはwindowsが起動しなくなるし、やらなければならないことは終わらないし、親の私に対しての風当たりが強いし、とにかく全体的にボロボロである。二兎を追う者は一兎をも得ず、ということか!?
ただ今さら後戻りはできないしがんばるしかない。
精神状態はだいぶ安定してきた。忙しいと思考が暴走しないからメンタルにはいいのかもしれない。
あとは友人Kに対して心ないことを言うのを控えなければ。自分に余裕がないときほど軽い気持ちで人を傷つけやすいからより一層気をつけよう!
もう7月も2桁。時間が飛ぶように過ぎていく。こうして死んでいくのだろうかという不安に駆られるが忙しいので、それを深追いしなくて済む。自分に余裕がなくなっているのを感じるが、忙しいことで逆に疲れなくて済んでいる部分もあり、忙しいのはいいことなのか悪いことなのか分からない。
正直いって日中国際交流プログラムの行事や課題がめんどくさい。しかしわりと激戦でプログラムに落選した人がたくさんいることを考えると受かったからにはもっとやる気を見せなければいけないのかもしれない。しかしこれで変にみなぎるやる気を見せすぎて親中派だとか思われると困るなぁという気持ちもあり、まぁそのような悩みを感じてしまう時点で日本と中国はいい関係ではないのだと思う。これがカナダやアメリカだったらもっと堂々と楽しめるのだろう。
将来は相変わらず見えてこない。時間は相変わらず過ぎていく。そこから目を背けていて(背けざるを得ない状況)いいのだろうか。いいと信じたい。
久しぶりの夜更かしである。でも我が家はみんなが夜型すぎて夜更かししても家族全員(最近は妹まで!)起きているから全然楽しくない。
母親は朝と夜は情緒不安定(朝は陽性不機嫌で夜は陰性不機嫌)になるのに夜更かしするからたちが悪い。お盆で使ったなすときゅうりがゴミ箱に捨ててあっただけで半泣きになっているのを見てさすがに不安になったのだが、自分にも同じような面がある。私も今日木材受け渡しや記念撮影で少し不条理なことがあっただけで半泣きになった。これはおかしい!と思ったりする必要性のない我慢を強いられたりするとすぐに脳髄が水風船のように肥大したかのようなイライラに襲われる。
今、トイレからまた母親の嘆きが聞こえてきた。抉られる。
人生で一度少年院に行ってみたい。国が大量の税金を投入して行っている更生プログラムだ。それを受けたら私もまともな人間になれるに違いない。なぜ悪いことをした人は手厚い更生プログラムを受けられて、悪いことをしていない(しかし、その一歩手前かもしれない)市民には何の手も差し伸べられないのだろうか。規律が厳しい全寮制の学校にもの凄い高いお金を払って通う人がいる一方で、無料で少年院に行く人がいる。なんだか納得がいかない。
とはいっても仕方がない。セルフ更生するために私も少年院に行ったかのようなストイックな生活をしてみようと思う。「ストイック」に憧れる。私が最もできないことだ。しかし今夏は忙しい。ほぼ毎日午前から午後まで何らかの用事があるにもかかわらず講習!や夏休みの課題!がある。ストイックにならざるを得ない。
変わりたいという願望ばかりが膨らむ。変わって、今まで見えていなかった世界を見てみたい。でも本当に変わったとしても私は景色の変化に気づけない。それを分かっていても変わりたいのだ。
誰かに話したいことがたくさんある。話さないと考えがまとまらない。まずは毎日日記を書こう。
毎日日記を書くとか言っといて、まぁ実際に書くのはたった1日なんですよ。そうです。わたしはそういう人間です。久しぶりの何もない暇な日。暇になると気力がなくなってしまって何もできない。体も心も重くてお風呂にも入れていない。絶対に在宅での仕事はできないと思う今日この頃。
なんとなく辛いが何がどう辛いのか分からない。
貧困なわけでもない。親はやや過干渉でややヒステリックでやや変な人だけれど、毒親ということはない。
学校も普通のいい学校だ。持病もない。苦労もしていない。
なのになぜこんなにぼんやりとした辛さとダルさと絶望感に襲われてしまうのか分からない。なぜ心から幸せだといえないのか分からない。
苦労をして辛いなら周りも分かってくれるけれど、恵まれた状態にあって辛いということは誰も分かってくれない。自分でも辛い自分を分かってあげられない。
幸せといってもどこを目指していけばいいのか分からない。こんなに恵まれた状態にあっても幸せになれないのなら幸せなんてどこにもない気がする。何のためにがんばっているのか分からない。辛さを忘れるためにがんばっているのだろうか。