もう高校生活の36分の1が終わった。驚くほど時間が経つのが早い。こうして私は死んでいくのだろうかとまた意味のない絶望沼にはまる。沼なのにおそろしく水が透明なのだ。水の中にいるのに服は濡れないのだ。ただ呼吸だけができない。そしてずぶずぶと沈んでいく。
朝からこんなに低い気分でいてもいけない。この日記もプログラミングから逃げるために書いている。自分が何から逃げているのか分からない。何に絶望しているのか分からない。みんなの視界に何が映っているのか分からない。とにかく脳内がぐちゃぐちゃだ。
自分が何も分かっていないことにやっと気づいた。しかし何を分かればいいのか分からない。どうやって分かればいいのかも分からない。みんな何も分かっていないのかもしれない。逆にみんな分かっているのかもしれない。
日記を書いていても自分の思っていることをどう書けばいいのか分からない。ただよく分からない空気がごぼごぼともれ出ているだけで言葉にならない。
いつか全てがはっきりと分かるのだろうか。多分そんな日は来ないのだろうな。
よくよく考えたら生理がまだ来ないんだけど。ストレスっすかね。
生理来ねー!これでプール入り出した途端に来るんだろーな!最悪!
新しいことを始めるのは楽しい。水泳のことだ。水着とゴーグルをゲットしたらテンションが上がった。
ずっと新しいことをして生きていきたい。でもそれは無理だ。新しいことばかりしていると、新しいことは日常になってしまう。人にとっても最も便利だけれどもっともつまらない機能は慣れだ。
毎日が新しい人生のように生きられたらいい。私の人生はたった24時間。毎日生まれ変わる。そうやって考えると心が少し軽くなる。私の寿命は残り数時間。最期の数時間をできるだけきれいに終えたい。
でも毎日生まれ変わると生まれ変わることに慣れてしまうのか…
快楽の追求って簡単なようでとても難しい。うまく快楽を追求できる人になりたいしそういう意味ではドMとかドSってすごい。クヨクヨする時間も快楽にできる人がきっと本当に強い。
いくらがんばったとしてもがんばることやがんばった結果に快楽を感じなければ何の意味もない。人には楽しむ責任がある。責任は果たさなくてもいいのだけれど果たせなかったら辛い。
すべてを楽しめるようになりたい。
なんとか生理は来た。良かった。
もう5月も中旬である。恐ろしい。時間が流れるのが早い。
陸にいてもずっと水の中でゆらゆらしているみたいで全てに現実感がなくて息ができない。悲しいとか辛いのではない。ただダルい。それでいて世の中は広く、なんだか寒々しい。
なんてことはない日常の繰り返しの中で時間が過ぎていって、だいぶ先まで来てしまったみたいだ。もう引き返せない。両親の老いをふとしたときに感じるけれど他人事ではなくて私も確実に死への道をひたひたと歩いている。
体が重くても心が重くても未来へ向かっていくしかない。みんなそうやって未来へ向かう道中で死んでいくのだ。ビッグクランチだかなんだか知らないがどこかには必ず未来があるのだからそれでいいではないか。
中学校の卒業アルバムを見た。笑っている顔を見て、過去にこんな楽しそうな時間が存在していたのかと思うと寂しいとか切ないとかそんな簡単な一言では表せないような感情が溢れてくる。
なぜ時間は1度にたくさん持てないのだろうか。なぜ私は中学生の頃のあの楽しい時間を失わなければならなかったのか。過去に戻りたいのではない。今を生きながら過去も生きたい。
今ももう少しすると確実に失われて記憶という残骸に変わってしまうと思うとやるせない。大切なものが失われているのにそれを止める手段がない。
未来が来るのが怖い。
今日は日曜、1週間で唯一の休日だ。6日間、ずっと早く休みにならないかと思いながら過ごしているのに、いざ休みになるとやることもなくてただ空しい時間が流れる。学校がある日もだるい。ない日もだるい。結局のところいつもだるい。
いつになったらこのだるさが解消されるのだろうか。ずっとこんなにだるいまま生きていくのだろうか。多分そうだ。
明日が来ると思うと気が重い。毎日同じような毎日の繰り返しに押し潰されてしまいそうだ。
私は人生を楽しむ責任を果たせていない。しかしどうやってその責任を果たすのか分からない。
未来にぼんやりと期待して生き続けているから死ぬ前にやりたいことというものがない。
未来がないと分かったときに私はどうやって生きていけばいいのだろうか。
ハワイにでも行くかな笑
母が年をとった。新しい機械が好きだった母が機械への興味を失っている。スマホもなかなか受け入れられないようだ
まだ私と妹の中学受験の失敗を引きずっていて立ち直れていない。中学受験が成功した子どもを見て悔しさが抑えられないようだ。
「なんでうちの子ばかりこんなにうまくいかないんだろう」
それだけならまだいいけれど、成功した子どものことを貶すようなことまで言う。私が親をひどく悲しませて人格を変えてしまったのだ。知ったこっちゃないと一応思えているのだけれど、心のどこかで申し訳なさと悔しさに押し潰されてボロボロの自分がいる。
この前は親戚の話を聞いて父が泣いているところを見てしまった。母だけでない。父も年をとった。両親が年をとるほど私は大人になってしまったのだ。それなのに私はロクな人間になれず人を悲しませてばかりだ。まだ心が子どもで誰かに助けてもらいたいとそればかり思っている。私は気づかないうちに助けてもらう年を超えて助けてあげる年になっていたのに。
眠い。風邪を引いた。38度は出なかった。そのわりにダルい。
開放的な世界で私だけ塞いでいる。
この1ヶ月ダルいダルいずっと言っている。6月は封印する。というかテストも部活の試合もあるし封印しないとやってられない。
だから今だけは言いたい。ダルい。人生を一時停止してゴロゴロしたい。
休んでいても忙しくしていても時間が過ぎていく限り私の疲れは蓄積していく。
年を重ねれば重ねるほどダルくなり、それが解消される見込みはない。
だけれどその疲れは時間と共に捨ててしまいたいと思うほど重いものでもなく、その中途半端さがまたダルい。
世界は広すぎて、時間の流れは長すぎて、私には重荷だ。私はドモホルンリンクルのお試しセットぐらいで良かった。こんな身の丈に合わないものは早く放棄したいけれどこんな重いもの放棄するのも私には大変すぎる。粗大ごみはコンビニのゴミ箱にポイポイ捨てられない。
ただダルいダルいと嘆きながら、肩の荷をズルズルと引きずっていくしかない。どんなにだらしない引きずり方でも顔だけは前を向いていけたらいいというのが最近の私の目標である。