とけろぐ

学校にはできる限り行くべきだと思う

わたしは今普通に中学生やってます(笑)

今のところ、無遅刻無早退無欠席(インフル除く)で毎日せっせこせっせこ学校に行っています。

「集団生活なんて百害あって一利なし」とか、「学校は個性を失う場だ」とかいろいろ酷いこと言う人いますが、わたしは学校にはできる限り行くべきだと思います

今回はその理由について書いていきます。

個性を生かした仕事ができるのはほんの一握りの天才だけ

よく学校では個性が潰されるという人がいます。確かにそれは本当だと思います。集団生活において異端は許されません。もの凄い個性をもっているけれど協調性がまるでない子と、個性はあまりないけれども協調性はある子であったら圧倒的に後者が評価されます。

しかし、皆さん考えてみてください。皆さんの子ども時代もの凄い個性ありましたか?とんでもない才能ありましたか?

天才というのはほんの一握りなのです。それ以外は凡人です。わたしも凡人です。

凡人は誰かの助けを借りて凡人同士支えあわないと生きていけません。そのためには協調性が必要です。

だからその協調性を身につけるためにわたしは学校に行くのだと思います。

本当の天才はいかなる状況においても天才である

そんなほんの一握りの天才も学校教育を受けたからといって鈍才になるということはありません。もし学校教育を受けて鈍才になった天才がいたとしたらそれはただの早熟な子どもです。

本当の天才はいかなる状況においてもその才能を開花させることができます。いかなる状況においても開花させられるぐらいの大きく強い才能をもっている人こそが本当の天才なのではないでしょうか。

我慢を知ることができる

ほとんどの人は人生において我慢が必要です。よく「自分の気持ちに正直にならないと不幸になる」といいます。確かにそれは正しいです。しかし少しの我慢によって大きな幸せが生まれることもよくあります。

そんな大切な我慢を知らずに大人になるのは危険です。

だから、小さな我慢を幼い頃からして、「我慢慣れ」する、そのための場所が学校なのではないでしょうか。

せっかく学校に行けるのだから行っておいても損はない

世の中には紛争などいろいろあって学校に行くことのできない人もたくさんいます。

幸いわたしは学校に行くことができます。せっかく行けるのだから、その状況を生かした方がいいと思います。

それにいつ何が起こるか分かりません。考えたくはありませんが、大地震で日本が壊滅したり戦争が勃発したり異常気象に見舞われたり未知のウィルスが蔓延したりして、学校どころではなくなってしまう可能性もあります。

今は平和なのだから行ける時に行っておいた方がいいのではないかと思うのです。

まとめ

わたしは以上の理由から嫌な早起きをしてせっせこせっせこ毎日学校に通っております。

って学校に行くことを納得はしているものの、朝起きると「学校行きたくないー」と思ってしまうのはなぜなのだろうか、、、(^^;